彼の判断は正しかった。突然天候が変わったのだ。5分前は大雪で、イグルー(カナダのイヌイット族が住居にしていた、氷のブロックを重ねて作ったドーム状の家)の中で、雪かき器を持って立っているような状態だったのだが…。今、眼の前に広がる青い空、太陽の光の中で輝くターコイズブルーの海洋からそびえ立つ山々、そして新たなスキールートとそれまで隠れていたフィヨルドの側面が姿を現しているような風景はまさに絶景と言える。
この地について語られている言い回しは実に正確である。例えば、ロフォーテン諸島はコントラストの島であるという表現があるが、なるほど、この地では空と山々、山々と海洋、そして、雪と水が美しいコントラストを見せる。スキーのメッカだが、漁業も盛んである。これまで体験したことのないほど激しい嵐が過ぎ去った翌日は、おだやかな晴天に恵まれることもある。もしこの地に行ったならば、激しい天候の変化を体験できるとともに、すばらしい景色、美しい海、歴史を感じさせる光景をわくわくするような気持ちで味わいながら、スキーを堪能できるはずだ。
我々はブーツを調節し、フィヨルドに向かって滑り出す地点まで向かう途中であったが、しばし足をとめて目の前に広がる光景を眺めていた。Norrøna のアンバサダーであるChristine HarginとTobi Tritscherにとって、ロフォーテン諸島のスキーは初めての体験だったが、すでに彼らはこの地に魅了されているようだった。フリーライディングの世界チャンピオンであり、スカンジナビアのフリーライド選手権でも優勝しているスウェーデン人のChristineは、ロフォーテン諸島でマウンテンスキーをフルに楽しむことができるはずだ。オーストリア人のTobi Tritscherと、ノルウェー人のEven Sigstadは、この地を訪れるのは初めてではなかったが、ここでは新米のように思えた。ロフォーテン諸島では、ハイレベルなフリースタイルのテクニックとアルペンスキーの豊富な経験が求められるのだ。
天候が好転して間もなく、新たな雪壁が現れ、海洋からは風が吹いてきた。我々は、InstagramとNorrønaウェブサイトの#welcometonatureに写真をアップする前に強風に襲われた。海抜約500メートルの高さでの天候は、乾季と雨期の境界線のような状態で、我々がセレクトした斜面の雪質の状態は予想ができなかった。前の週には、豪雨、みぞれ、雹、雪、嵐に見舞われ、その後、晴天になった。この影響で、雪質が変化しやすい状態になってしまったが、これはロフォーテン諸島では珍しい現象だった。
Christineは雪質を体感するため、またウォームアップも兼ねて、山の側面から滑り始めた。夜間に激しい風が吹き荒れ、降り積もったばかりの雪の上を滑りたい衝動に駆られたが、まずは冷静さを失わないことが大切だ。Christineは、雪が崩れ始めた際に危険な状態になる可能性があるスポットや断崖を避け、短く安全なコースを選んで滑走していった。だが、2、3回ターンしたところで雪面は崩れ、Christineはコースの下方まで雪まみれになりながら下降していった。予め用心していたので、大事に至らなかったのは幸いだった。雪片は厚くはなかったが、我々が選んだ雪面はより険しく、長く、岩が集結する凸状の山腹で、小さな雪崩が起きれば、とても危険な状態となる可能性があった。我々はこの事実を自然からの重要なサインであると受け止めた。今日は、広大で険しい雪面を滑るに相応しい日ではないのだ。
穏やかで湿度が高く、海に近いロケーションであることから、ロフォーテン諸島の雪の状態は、脆い層が地雷のように隠れた状態になるが、それほど難易度が高い雪質ではない。降ったばかりの雪の表面にだけ気を配れば、それほど危険なコースではないとも言える。しかし、雪質は短い距離においていきなり変化するのだ。だから、安全面での注意や、最良の雪面を探す際など、どんな場合でもセスの豊富な知識と経験が頼りになるわけだ。
この現状を見て、大きな山脈でマウンテンスキーをしたいという我々の野望は次第に萎えてきた。ChristineとTobiも少し残念そうな様子だった。ゲストである彼らに、ロフォーテン諸島で最もイカしたマウンテンスキーを体験させたかった我々も、やや落胆気味だった。とは言え、雨、嵐、雪の日も晴天の日もずっとスキーを楽しんできたこの経験は、たとえ以前に何度もこの地を訪れていたとしても、なかなかできないものである。スキーで得られた経験や、美しい光景、大洋の眺め、そして、ここで味わった食べ物を考えれば十分に来た価値はあると言える。
そろそろ日が傾くころになり、山を下る時間となったが、ロフォーテン・スキー・ロッジで地元の食材を使った絶品の料理を味わう前にサウナに入り、北極海に飛び込む時間はまだあった。ディナーの前には、他のゲストたちと地ビールを飲みながら、ロフォーテン諸島の話に花を咲かせた。ここに宿泊しているのは、スウェーデン人、スイス人、フランス人、ノルウェー人等で、ガイドの国籍も同様にさまざまである。この場所の雰囲気は、ハードコアなスキーヤーが集まるヘリスキーロッジのようだが、ヘリコプターの燃料の匂いの代わりに、魚料理の食欲をそそる香りが立ちこめているのが大きな違いだ。
我々が一週間で体験したスキーは、晴天の日にロフォーテン諸島で最も高い山の頂で堪能したパウダースノーや、春の水っぽい雪質でのスキー、山腹の深い峡谷での険しいスキー、雹を脇目に見ながらの登頂、そして、日本と似たタイプのパウダースノーがすばらしい森のツリーランなど、多彩な内容だった。言い換えれば、我々は、ロフォーテン諸島での典型的なスキーツアーをフルに体験したと言える。
See the film: