Hiroyuki Kuraoka

– Episode 3 –

高所ではシェルパ並みに動けても
低山では女の子にブチ抜かれる
それが高峰に特化した倉岡の体




穂高の岩稜を行く倉岡の足取りには無駄がない。手をかける岩や足を置く位置もあらかじめ決められていたかのように迷いがなく、そんな一挙手一投足を見るのは気持ちのいいものだ。けれども、歩みのスピード自体はけっして速いものではなかった。酸素の希薄なヒマラヤの高所で難なく行動できる心肺機能があれば、空気が濃密な日本の山なら飛ぶように歩けても不思議はない。しかし倉岡に言わせると「だからこそ、日本の山を歩くのはキツイ」のだそうだ。

「僕の脚力と心肺機能のバランスは標高7,000mに合わせているので、それより酸素の多いところだと余計に筋肉を使ってしまうから脚がもたないんです」



高峰登山ガイドの仕事を始めて以来、倉岡は1年の大半を標高5,000m以上の高所で過ごしてきた。その結果、体はすっかり高所仕様に特化しているという。高度順応はつねにセッティング済みの状態にあり、高所での酸素消費をできるだけ抑えるために、低糖質とファットアダプテーションで厳しく体重を管理してきた。筋肉量が多ければ酸素消費量も増大するから、高所では体重が軽いほうが絶対的に有利なのだ。

というわけで、倉岡の脚は、7,000m以上の高所での行動に照準を合わせたミニマムな筋肉量に抑えられている。だが、酸素の濃い低地では必要以上に体がよく動くために、優れた心肺機能のままに行動してしまうと、限られた脚の筋肉への負担が増大してしまう。エンジンパワーがありすぎるために、足回りが保たないというわけなのだ。その結果、エベレストの稜線ではシェルパ並みに動けても、日本の山ではハイカーの女の子に軽々ブチ抜かれるという事態が出現する。

「標高7,000mでは酸素を吸っても一歩一歩登るのがやっとです。そのペースに体を合わせているから、日本の山は本当にキツいです。標高が高いといってもせいぜい3,000m台ですし、特に低山を歩いていると、なんでオレって、歩くのこんなに遅いんだろうなって思いますもん。だから、若者とは一緒に山に行きません(笑)。ガイド仕事も山小屋泊でゆっくり歩くならまだいいんですけど、テント泊の冬山なんて地獄です。そのうえラッセルがあった日にはもう……」



ヒマラヤの高峰ガイド登山では基本的に荷物の大半をシェルパに預けるから、テント泊装備を背負って登ることはほぼない。また、気象予報が高度に進化した結果、多量の降雪後に行動するようなリスクは避けて通ることができる。目指す山頂はたしかに8,000mを越えたデスゾーンではあるが、そこに至るまでのタクティクスが科学的にも洗練された結果、日本の一般的な登山とは大きく異なるのが現在のガイドによる高峰登山の世界、つまり倉岡の仕事場である。

「もう1年以上日本にいるから、高度順応の蓄積は残っていないんですけど、高所に到達したときの脳の認識速度は早いので、まあ、普通の人より早くクリアできると思っています。というわけで、今年の夏以降はいくつか海外遠征の計画を立てているんですが、果たしてどうなることやら……」

このコロナ禍がどうなるか先の見えない状況ではあるが、海外渡航が再開された時点で、倉岡は世界の高峰に戻っているはずだ。今年、倉岡は60歳を迎える。本人は「記念すべきエベレスト10回目の登頂」とか「日本人最多登頂記録」といった面にはあまり興味を示していないが、少なくとも、これから先も引退する気配はなく、世界の高峰が自分の仕事場だと考えているのは間違いない。それが倉岡裕之という男である。

 





– Product Review –

「bitihorn flex1 Shorts」

夏山で短パンは良くないと言われていますが、僕は関係なく短パン派です。転んだときのリスクや日焼けの問題は、個人の責任だと思いますので。やはり、暑いのに無理して長いパンツを穿く必要はないと思います。熱中症も心配ですしね。なので、夏山のアプローチ、とくにムシムシした樹林帯などは短パンが快適。そこは使い分けたほうがいいと思いますね。

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「svalbard wool T-Shirt」

これもメリノウールとポリエステルのTシャツですが、ポリエステルっぽい肌触りですね(メリノウール47%+ポリエステル53%)。僕的には家からアプローチまではこれ。たとえば、北アルプスの穂高に行くなら、家を出てから横尾や涸沢まではこれでいいと思います。暑いところだから、汗をかいても冷えませんしね。

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「falketind 35L Pack」

特になにがいいかと言われると困るのですが、トータルでよくできたバックパックだと思います。日帰りや1、2泊の小屋泊りには一番いいサイズ感で、かなり広い用途で使えるのではないでしょうか。シェイプも太すぎず、背負ったときのバランスもいい。個人的にはシンプルな1本締めが気に入っています。いちいち2つのバックルを開け閉めするのは面倒ですからね。

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Hiroyuki Kuraoka
@hiro_kuraoka
https://hiroyuki-kuraoka.com


-Photo by
Yosuke Kashiwakura
@yosuke_kashiwakura


-Text by
Chikara Terakura
instagram @c.terakura