我々は夜にかき集めた小枝で覆った寝袋から半身を乗り出し、ハツカネズミのようにおとなしくしていた。そして、沼地付近で動く複数の黒い点を双眼鏡でじっと見つめていた。
「2羽の雌鳥が近づいてきているぞ」とヤン・エリクがささやく。
彼は、73年間で数えきれないほどのクロライチョウを見ているが、未だに興奮を抑えられないようだ。雄鳥がカサコソ音を立てながら、ヒューという声を出して、ダンスを踊っているように見える。雄鳥たちは、誰が一番美しいかを比較している。雌鳥が近づくと、雄鳥の遊びはさらにヒートアップしてきた。なんだか闘鶏を見ているような光景だ。一羽は勝利の表情を示しながら誇らしげに歩き、その他の鳥は再び森に逃げていった。
「なんだか、他の自然と溶け込んでしまったようだな。適者生存かな。」とヤン・エリクはクスクス笑いながら言った。
野生動物を観察していて退屈するということは彼にとって考えられないことだ。ヘラジカでもクロライチョウでも何時間でも飽くことなく、彼らの行動と自然との関係性を観察し続けることができる。ヤン・エリクは、18歳の時から副業としてオスロの「ノール・マルカ」で森林警備隊員を務めてきた。森の隅々まで知り尽くしており、家で過ごす時間よりも多くの時間を森で過ごしてきたと言っても過言ではない。彼の自然、動物、そしてハンティングに対する愛情は息子のマーティン・ブロムにも引き継がれ、彼はハンティングの映画を制作する仕事をしている。
マーティンは、歩けるようになるまでは父親が背負っているか、もしくは、そりに寝かされていた。これ以外のチョイスはなかったのだ。森林警備隊員は絶えず野外にいるものなので、息子を仕事場に連れて行くことをヤンは問題視していなかった。今では、マーティンの4歳になる娘が耳当てをして彼に寄り添いながらハンティングを見つめている。ブロム家では子どもの成長が早いのだ。
「アウトドアで得られるものは本当にたくさんある。私の家の玄関からでも、さまざまな自然の生態を見ることができるんだ。自然での遊びから学ぶことは本当に多い。それに、自然での遊びよりも美しいものがあるとは私には思えないな。」
これは、ヤン・エリクに対して、彼がこれまで何回クロライチョウが遊んでいるところを見たのかという私たちの質問に対する答えだった。言い換えれば、彼はそのように回数を数えることを止めてしまっているのだ。
日が暮れると、我々は奥深い森にさらに進み、沼地付近で夜を過ごすことに備えて、ブロムの山小屋でホットドッグやマッシュルームを炙りながら食べた。アウトドアライフのプロフェッショナルたちのおかげで、即席のキャンプ地があっという間にセッティングされ、我々は肩を寄せ合って寝ながら鳥たちの到来を待った。予期していなかったのは、孵化したばかりの蚊が通常よりも早い時期に発生したことだった。鳥たちの遊戯を観察するには、両腕47カ所を蚊に噛まれ、睡眠時間も2時間以下に抑えなければならなかった。遊戯の時間は2秒くらいだというのに…。自然はただ与えてくれるだけではなく、それなりの対価も要求するものなのだ。
ヤン・エリクとマーティンは、ともにベテランハンターだ。ヤンは9歳の時に初めて鳥を撃ったが、マーティンは14歳まで待たなければならなかった。と言うのは、その時期に新たな規則が制定されたからである。しかし、今では森で大半の時間を過ごしているので、マーティンにとって、数年の遅れなどあまり問題ではないように思われる。
「ハイキングしたり、野いちごを摘んだり、犬の訓練や魚釣りをすることは楽しいですよね。でもハンティングはまた別の楽しみがあるのです。自分の感覚をいつもとは違うレベルで研ぎすますので、事象のすみずみまで神経を行き届かせるようになるのです。」とヤン・エリック。
これに同意してマーティンはこう語った。
「野生動物を愛しているのに、どうして撃つのかという質問をよく受けます。僕たちにとって、ハンティングとは単に動物を撃つことではないのです。もちろん、森のなかを散歩しているよりも刺激的な行為ですよ。でも、ハンターほど動物を間近でつぶさに観察して、通年の生存数を確認し、動物に対する配慮をしている人はいないと思います。」とマーティン。
「もしある種の動物の生存率が危うい状況である場合は、その年に我々はその動物を撃つことはありません。収穫する願望があるならば、動物を絶滅させてはならないのです。これはほぼ全員のハンターの哲学です。」とヤン・エリクはつけ足した。
ブロム家の冷蔵庫には、肉だけではなく、コケモモ、ブルーベリー、クランベリー、クラウドベリー、アンズタケなどが並び、自給自足の生活が垣間見える。彼らは自分たちで収穫できるものは収穫している。これは、アウトドアの暮らしを営む上で大切な要素だろう。自然が与えてくれるものをよく理解することで、人の自給自足レベルは高くなっていくのだ。
「食用の肉を大切に扱うことは、ハンティングの上では大切なこと。時間をかけて洗浄し、保存して、そして丁寧に調理するのです。自分が夕食で食べる食材の出どころを知っていることも重要なことだと思います」とマーティン。
「子どもに毎日食べている食材の出どころを教え、自然に対するリスペクトを教えることが、次世代への大切なレッスンの一つだと考えています」とヤン・エリク。
Hunting ambassador Martin Blom drinking coffee
雌鳥はそれぞれのパートナーを選んで、遊び回っていた。そろそろ夜が明けてきた。この二人は、何度もこの場所に出かけて何を求めているのだろう。薮のなかで蚊に噛まれながら、沼地に僅かな時間だけ現れる鳥たちを待ち続けているなんて。家でゆっくり寝ていることよりも楽しいのだろうか。
「クロライチョウの観察は、春がピークなんだ。」とマーティン。
森の奥深くでクロライチョウの最も活発な動きを見るのは春のみで、それもたった2週間だけである。クロライチョウは、同じ沼地に繰り返し戻ってくることが多いので、バードウォッチングに行く際には、あらかじめ地元の人から情報を得ておくことが賢明だ。
「バードウォッチングで得られる喜びはハンティングと同じものです。言わばアウトドアで自然を体験する楽しさを分かち合う気持ちですかね。我々は銃で動物をハンティングするだけではなく、自然な環境で動物を見つめることもしたいのです。できるだけ、そのようなアウトドア体験をしたいと思っているのです。鳥たちの世界の交流をこのように眺めているのは、アウトドアにおける素晴らしい経験の一つです。」
我々は寝袋を詰めて、池の傍にある小さな山小屋までスキーで下って行った。コーヒーを淹れながら、自然の奥深くに居たときの感覚をまだ引きずっていた。自分たちでもびっくりするくらい感覚が冴え渡っていた。