トレイルランナー山本健一は、山を走るのと同じくらい、雪の上を滑ることも好きなようだ。もともと大学時代はモーグル競技に没頭していたほど。そのトレーニングとして山を走り始めたことが、トレイルランニングと出会うきっかけだったという。
クロスカントリースキーは高校教師になってから始めた。山岳スキー部の顧問に就任したときに、冬場の活動として部員達に取り組ませた。そのとき、生徒と一緒に生まれて初めてクロカンの板を履いた山本は、そこで見事に夢中になってしまったのだ。
「斜面を滑るのが気持ちよくてスキーやスノーボードをやるじゃないですか。それをランニングのなかで体験できるのがクロスカントリースキー。自分の足で走っているんだけど、前に滑らせるからプラスアルファがある。なんだかボーナスをもらったように一歩でより遠くに行ける。その感覚がたまらないんです」
プロのトレイルランナーとして独立してからは、冬場は毎週のように長野県の常設コースに通ってクロスカントリースキーに取り組んでいる。それはトレランのトレーニングの一環であり、自身がクロカン選手として国体に出場するためであり、そしてなにより、冬の自然を目一杯楽しみたいからだ。
さらに、クロカンだけで終わらないところも山本らしいところ。天気が良ければ夜明け前に山頂までハイクしてバックカントリースキーをまず楽しみ、それから午前中はクロスカントリースキーで常設コースを30kmほど滑り、午後からはゲレンデでスノーボードと、1日でマルチにスノースポーツを楽しむ。そのうえ、夕方にもう一度山頂まで登ってバックカントリーを滑る日もあるという。
「夜明け前にヘッドランプを点けて登り出します。山頂までは2時間か2時間半ほどですが、そこからブナ林のなかを滑るのが気持ちいいんですよ。降りてきたらクロカンの板に履き替えます。基本はコースを回りますが、雪が積もったオフピステを歩くこともあります。遊んでいるように見えるけど、自分の脚のように板を自在に操る練習にはすごく有効なんです。それ自体も楽しくて、気持ちいいですしね」
クロカンといえば、テレビのオリンピック中継で見るような息を切らして走る苦しげなイメージがついて回るが、山本の話を聞いていると、なんだか楽しげに思えてくるから不思議だ。
「たしかにレース中はめちゃくちゃく苦しいですよ。全身が疲労と乳酸であふれるけど、白く静かな雪景色のなかで自分の呼吸だけが聞こえてくる。その感覚がいいんですよね」
考えてみれば、山本の話はいつも楽しげだ。ウルトラディスタンスという超長距離を駆け抜ける過酷なレースでも、心のなかはいつも笑っているのが、トレイルランナー山本健一という男。そして同時に、自然のなかで体を目一杯動かすことの喜びを教えてくれる。
「太いスキーと違って板が細いぶん軽いんで、僕にとってはランニングシューズに近い感覚かな。自由度が高いんですよ。マイペースで長時間走るのは気持ちがいいし、みんなでわいわい楽しみながらのんびりツーリングしたりもします。自由に雪のなかを走るのは、最高の感覚なんですよ。もうやめられませんね」
山本 健一 (やまもと・けんいち) 1979年生まれ。山梨県韮崎市出身。信州大学卒業後にトレイランニングと出会い、2008年日本山岳耐久レース優勝、2009年ウルトラトレイルモンブラン8位。2012年ウルトラトレイル・マウントフジ3位、グランド・レイド・デ・ピレネー優勝。2013年アンドラ・ウルトラトレイル2位、2016年アンドラウルトラトレイル2位、2018年ウルトラツールモンテローザ2位など国際大会で数々の実績を挙げる。2019年に高校教師を退職し、現在プロとして活動を続けている。
普段のクロカンのときはソフトシェルの『ペースジャケット』と『パンツ』を使っています。その下にはメリノウールのベースレイヤー『デソリクルー』と『デソリタイツ』を1枚着るだけ。どんなに寒い日でも、この組み合わせです。たしかに歩き出しは寒いんですけど、動き出すとかなり暑くなります。なので、ジャケットのフロントファスナーはダブルファスナーなので。暑くなってくると裾からも開きます。それでも汗はかきますが、それはそれで気持ちがいい。ポケットにはキャンディのようなちょっとした行動食と、『ベスパ』という小さなサプリメントをいつも入れておきます。僕には欠かせないものなので。
パンツはストレッチが快適です。スッキリしたシルエットが好きなので、その点でも気に入っています。ベンチレーターも滑りながら開け閉めできる絶妙の位置にあって使いやすい。動き始めて少し経つとベンチーレーターを開け、ほぼそのまま滑り続けています。冷たい空気が循環しますし、筋肉は少し冷やしたほうがよく動きますしね。
Kenichi Yamamoto
@kenichiyamamoto_mountainrunner
-Photo by
Jun Yamagishi
@jun_yamagishi_
-Text by
Chikara Terakura
@c.terakura