田平さんの「旅樂」の拠点は、海を挟んだ対岸に種子島を望む北東の海岸近くにあり、屋久島空港から徒歩5分という好位置だ。ツアー事務所とショップのほかにギャラリーを併設しており、不定期で写真展や演奏会などを開催している。大きなスペースではないが、仲間たちと塗った壁の漆喰や屋久島の地杉 (植林木)を生かした造りで、杉の香りと手作りの温もりを感じさせてくれる空間だ。
「ご縁があってご一緒させていただいた写真家さんたちの作品に僕が感動したことがきっかけです。せっかくなら、それを屋久島の子ども達にも見せてあげたいと思ってギャラリーを造りました。それに、もともと僕は20歳のときからギャラリーを造りたいと思っていたんですよ。で、35歳でようやく実現できたのかな。最近は音楽家の人たちとの交流もできてきて、このスペースで演奏会を開いてもらう機会も増えています」
学生時代は美術部に所属していた田平さんは、アートや音楽に対して多感で積極的だ。このギャラリーを主宰するほか、森のなかにアップライトピアノをクレーンで据え付け、山をバックに広い芝生に寝転がって聞く「森の音楽祭」や、森のなかに作品を展示する「森の写真展」といった遊び心あるイベントも開催してきた。
また、屋久島の森林育成と製材所から出るおがくずなどを再利用するプロジェクトにも関わり、その一環として奥様のゆかりさんが取り組む草木染めの工房を事務所に併設している最中だ。さらに、子どもたちの農泊体験を促進したり、子どもたちが撮った映像を自らショートムービーに仕上げて上映するプログラムなど、田平さんの構想は膨らむ一方のようだ。
現在、田平さんは奥様のゆかりさんと、10歳になる長男の亞紋 (あもん)くんと暮らしている。最近は新たなプロジェクトのためのデスクワークも増えているが、それでも年間200日以上はフィールドで活動しているという。そんな多忙な田平さんは、オフの日はどんな過ごし方をしているのだろうか。
「決まった休日はないですね。基本毎日が仕事で、休みたくなったら休むという感じです。でも、意識しないと休みをつくらないので、『この日は子どもと遊ぶ』と決めるようにしています。子どもと遊ぶときは、ほとんど水遊びです。沢登りに行ったり、リバーカヤックに乗ったり、海でシュノーケリングしたり……」
フィールドで活動することを生業にしているガイドには、オフの日もフィールドに出て、待ってましたとばかりに自ら楽しむ人が少なくない。評判のいいガイドほど、その傾向は強いように思える。また「毎日同じ山に登っても、毎日景色が変わるから飽きることはない」と揃って口にする。もちろん、田平さんもそのひとりだ。
屋久島は、いわゆる登山オンリーのフィールドとは違って、さまざまな目的の人が、世界中からやってくる。百名山を目指す登山愛好家、国内屈指のパワースポットに憧れる若い女性、原始の森を作品に収めたい写真家、豊かな自然に触発されたいアーティスト、あるいは学術的な研究対象として島を捉える人もいる。そうした事実こそ、屋久島が唯一無二の存在であることの証明ともいえる。
「『オープンフィールド・ミュージアム』って言葉があるんですが、屋久島全体がまるっと博物館みたいな。ここには国内はもとより世界中から人が訪れ、それぞれの要望に応えられるだけの内容とキャパもある。僕がここで長く暮らしていて退屈しないのは、そうした多種多様な人が訪ねてきてくれるからかもしれません。そうした皆さんと屋久島の自然を結びつけることが僕の仕事であると同時に、多くの人たちとの交流を通じて、僕自身の知識と経験も増えていく。だからいつまで経っても毎日が新しい発見の連続なんですね」
人と自然を結びつける仕事がしたいと学生時代に思い描いた田平さんの夢は、誰もが驚く犬小屋暮らしを経て、こうして今、屋久島に花開いている。来島するさまざまなジャンルの人と複合的に関わり、それ自体をおもしろがっている田平さん。屋久島に行ってみたいと思ったら、田平さんを訪ねてみるといい。あなたがハイカーだろうが、ツーリストだろうが、あるいはインドア派だろうが、ジャンルなど関係なく受け入れてくれるはずだ。屋久島はそれ自体がひとつのジャンルなのだから。
Takuya Tabira
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-Photo by
Yosuke Kashiwakura
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-Text by
Chikara Terakura
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