大手アパレル企業で雑貨デザイナーとして働いていた澁谷美予さんが、自身のブランド「CXM(シーバイエム)」を立ち上げたのは10年ほど前のこと。そのひとつのきっかけになったのは、当時、クライミングを始めたことだった。
手汗をかきやすい体質もあってチョークバッグの大切さを痛感していたが、あるとき、自分のアイデアを生かしたチョークバッグを手作りしようと考えた。日頃からバッグや雑貨の製作を仕事にしていた澁谷さんにとって、それは難しいことではなかったのだ。
もうひとつの動機には、自分が勤めるアパレル業界の仕事に違和感を覚えたことがある。デザイナーとしての毎日は楽しく、とてもやり甲斐はあった。だが、大量生産に大量消費、大量廃棄が伴うファッションビジネスの在り方自体は大いに疑問だった。
とくにモノ作りの担い手として辛かったのは、企業経営という論理のもと、数多くの新商品を大量に作り続けなければならない毎年の状況だった。そして、クライミングを始めて自然と触れあうようになるにつれ、その思いはますます加速した。
こうしてチョークバッグを一点一点ハンドメイドで製作する「CXM」が誕生した。ブランド名は「CLIMBING × MODE」であり「CREATION by MIYO」でもあった。クライマーであり、デザイナーであり、作り手である澁谷さんらしいネーミングだ。
澁谷さんは自らのブランドを立ち上げるに際し、ロスや廃棄を減らした、無駄のないモノ作りをしたいと考えた。たとえば、生地を無駄なく使うために生地幅に合わせて形を決め、そのうえで、裁断で残端が出ないようパターンを工夫した。
また、多くの生地を取り揃えるのではなく、限られた生地にプリントやペイントを施すことでバリエーションを増やし、生地の余りはパッチワークに使って生かすようにもした。
そのため、モデル数やサイズ展開は必要最低限に絞っているが、生地やパーツを選ぶことでバリエーションは無限大。なかには、着られなくなった服をリメイクして作る場合もある。
「最初のリメイクは自分が買ったポンチョでした。サイズの関係でキッズ用を買ったために、ちょっと寸足らずで、そのうちに使わなくなっちゃったんです。でも、生地が素敵だったからもったいないなと思って、それを再利用してチョークバッグを作りました。今もお客さんご自身が使っていた愛着あるデニムのパンツや作業着、思い入れのあるバイク用のツナギを使って作ってほしいというリクエストは結構あります」
Houdiniのアウトドアウエアをリメイクしたこのチョークバッグも、クライミング仲間からの依頼で作ったものだ。表地は3レイヤーのシェルジャケットのポリエステルで、ライナーには同じく着古したOutright Houdiのフリース素材を使っている。
もともとHoudiniは、環境負荷軽減を大きなテーマに掲げたブランドであり、今回リメイクされたシェルもリサイクルポリエステルを使用し、かつリサイクル可能な素材。それが姿形を変えて、新しい生命が与えられたのだ。リサイクル、リユース、リメイク。それはこの先の未来に向けたキーである。
ウエアのどの部位をどう使うかは、デザイナーとしての澁谷さんの腕とセンスであり、たいていポケットなどのパーツは、できあがったチョークバッグのいいアクセントになってくれる。
「これはボルダリング用の置き型チョークバッグで、5枚のパネルと1枚のインナーを縫い合わせて作ります。その際、ポケットやいろいろな部位を生かしながらパターン(型紙)に合わせて粗切りしていくのですが、その際、どこをどう組み合わせるかを考えるのが楽しいんですよ」
胸ポケットの隣に縦に入っていたロゴをポケットごと生かしたことにより、リメイクしたチョークバッグは、まるでHoudiniが新たにリリースした製品のようにも見える。また、もともとアウタージャケットだったためにパーツ類が豊富で、フラップ付きポケットを生かしたものを含めて、全部で6個のポケットがある。
そのなかで底部を貫くポケットは、底を重くして置き型チョークバッグを倒れにくくする工夫であり、冬の岩場で中に使い捨てカイロを入れて使えば、ほのかに温かなチョークが、冷え切った手に優しい。それはまさにクライマーでありデザイナーの澁谷さんらしい着想である。
サスティナブルな社会実現に向けた最善の方法は、できるかぎり、商品を長く使うことだと澁谷さんは考えている。そのため、より愛着が持てる商品になるようカスタムオーダーにこだわり、ほつれや破損などの修理は、何年経っても基本的に無料だ。
現在「CXM」ではチョークバッグのほかにトートバッグやサコッシュを製造販売している。将来的にはバックパックも手がけたいと澁谷さんは言う。いずれもチョークバッグと同じく、今ある材料を最大限に有効活用し、できるかぎり製造上の廃棄ロスを減らし、長く使い続けられるモノを作っていきたい。そして、一点一点ハンドメイドで製作する小さなブランドだからこそ、それは可能なのだと澁谷さんは考えている。
澁谷 美予 (しぶや・みよ) 都内のアパレルメーカーの雑貨デザイナーとして雑貨やバッグを担当。10年ほど前に自身のブランド「CXM」を立ち上げる。現在は自宅の工房でチョークバッグを中心に一点一点ハンドメイドで製作。子育てと仕事を両立し、その合間にクライミングを楽しんでいる。
Miyo Shibuya / CXM
@cxm_cbym
https://cxm-cbym.ocnk.net
-Photo by
Yosuke Kashiwakura
@yosuke_kashiwakura
-Text by
Chikara Terakura
@c.terakura